2014年10月15日掲載

朝につよいこと

 私の思索と執筆の時は朝です。何時頃かと聞かれれば、午前4時といいます。

 昔から朝はやく起きることは苦ではありませんでした。せっかちのせいかもしれません。文字を書くにしても字画を区切ることをせずにずるずると流して書いてきました。自己弁護ではありませんが、祖父が真言宗の僧侶でしたがまったくずるずる派でした。

 この影響かもしれません。

 せっかちで同じ一日ならだれよりもはやく目覚めて動き働こうとする農耕民族そのものでした。

 その素となっているのは、疎開をしていた母方の田舎で、母の弟が朝5時には背負った竹籠に馬に食べさせる草を山盛りにして朝露に濡れながら帰ってくるのを毎日見ていて、すごいなあと思っていた驚きの記憶とつながっています。

 そのようなことから朝は生きることのはじまり、生き生きとした出発という受けとめかたがあります。

 私の17冊にのぼる本の根源は、すべて朝の作業でした。しかし目覚るのには別の工夫もしています。

 目薬です。体は机に座っていても頭が起きていなければ、何もできません。

 それには水道の水で前腕を冷やし、目を洗い目薬をつけるのです。

 とくに目薬は薄荷の強いものを使います。

 ピリリとして冴えわたります。それから集中して、だれからも邪魔されず2時間没入できます。

 しかし、1〜3月の寒い時季には空気も氷りつく程ですので、朝起きは修行です。

 これを当り前のこととすることで、得るものがありました。しかし午後には「わだむねタイム」といって30分ほどは椅子に座って仮眠をとります。

 一週間に3日は2時間ほど剣道している体力からすると当然かもしれません。

 とくにいまは七段取得に向けて根をつめていますから、昼寝は欠かせません。

 いまは大学の紀要の執筆もおわり、今年5月にシカゴ大学で収集したメリアム関連の本を翻訳し終えて、出版にむけて細かな準備をしている時です。

 夜は誘惑が多すぎます。人生をつくり、仕事をするとすれば朝の時間を大切にして充実した時間をつくり出すべきです。

 これが私の知的時間創出の知恵です。

2014年10月14日 記