2023年3月31日掲載

仲代達矢を観る

 この3月に90歳の仲代達矢の「バリモア」を観た。昨年の役者70周年の「左の腕」と展覧会以来である。映画での作品は2010年の「春との旅」の主演作を観た。映画より舞台はやり直しがないので、面白い。

 「バリモア」は1時間30分出ずっぱりで、独り舞台。プロンプターのみが、声だけで出演する。仲代の間のとり方、活舌、動作などが披露される。バリモアの内容は、実在のかつての名優が落ちぶれた姿をさらしていく。4度の結婚も破局した。アルコール依存という生活である。

 かつての当たり役のリチャード3世に挑戦する意気込みを見せる。最後には軽いステップを踏んで、観客を沸かせる。日本の場合、役者の落ちぶれる様は惨めさを強調することが多いが、作者のウイリアム・ル―スはアメリカ人。国柄が出た明るさもある作品となっている。確か仲代が演ずるのは三度目になる。彼の作品になりつつある。

—止まることのない90歳—

 仲代の書いた自伝「言い遺し」では、妻であり、無名塾の共同運営者であった巴隆「宮崎恭子」との交わりが色濃く描かれている。俳優座当時の先輩である宮崎に生涯にわたって頭が上がらなかった風が微笑ましい。二人は若い俳優を自分たちのやり方で育ててきた。面白いのは、有名になった、かつての塾生と共演した作品は作っていないことだ。仲代か宮崎の方針であろう。

 今度の「バリモア」は台詞の多い作品。記憶力に驚かされるが、その秘密は昨年の70周年の展覧会で明らかにされていた。彼は家中に台詞を書いた紙を貼りつくして暗記していたのである。まるで受験生の壮絶な暗記努力そのものであった。こんな努力の様を公開するところも仲代の素直な性格を表し、魅力である。

 彼は石川県に地元自治体と協力して演劇堂を立てている。そこで、今年、石川県が産んだ長谷川等伯を主人公にした、安倍龍太郎の直木賞作品「等伯」を演出作品として披露するという。東京でも秋に公演が計画されている。

2023年3月25日 記