2024年6月2日掲載

こころの強い人間がいなくなった

 小学校、中学校、高校の教師が児童、生徒の裸体をカメラに取るという「破廉恥罪」を侵す事件が目立つようになった。痴漢などもいまだに迷惑行為という呼び方である。犯罪とははっきり言わない。男社会のそれも遊郭があったころの古い認識がまだ残っていると言える。女には人権もないとでも言わんばかりの風潮である。階段を上る時、電車に乗り降りする時、こちらが気を遣ってちょうど良いくらいである。常識である。さらに酷いことには、こともあろうに学校の先生が、自分の教師の立場を利用して児童、生徒の体に触ったり自分の部屋に連れ込むなどしている。

教師の役割を自覚していない教師たち

 教師としての資格は教職課程を採りさえすれば取れるかもしれない。教職課程に人間としての健全さを教え込む強化が必要である。教職課程をとっても、教師としての適格性は未知数である。

 教職は聖職という時代もあった。父母からも尊敬された。先生は、時に父母を説得して子どもの将来を守った事例も良く聞く。社会の規範を実践する気概を持った人が教師になった。教職は食いはぐれの無い、安定した職となって、教育の先頭に立つという気概を持つ教師は少なくなった。事なかれ主義の教師である。

 次代を作る人材を教育するという理想を持った人間が、自分の生徒に裸の写真をメールで送らせたり、体に触るなどとう行為をすることはまずない。自分の役割を忘れ、本能に流される意思の弱い人間が教師になっているという現状を直視する必要がある。教師希望の人間に自覚を持たせる教育が必要である。教育立国など言葉の遊びである。

2024年5月 記