2026年4月5日掲載
いわゆる戸別訪問を法定にするべきである
今回の総選挙で民主主義のもとでの選挙が新しい時代に入ったと思う。
演説会、集会といった顔を見て話をするということではない、機会を通じての情報の受け渡しが選挙の方法となった。そこで嘘、捏造された情報が当然のように広まった。それを意図的に操作する手段もとられたようである。立ち話で支持する人を薦めることは選挙法上許される。買収の機会とはならないと見做すからである。指先の操作で一時に多くの対象者に情報を広げることが、情報の上で有効になる時代となった。それにあわせた選挙方法といえるだろう。だが会って顔色などの態度から相手の好感、不満などを類推する想像力は大切な社交である。相手との相互関係から投票にいたる行動要請になっていく。そこには気配りなどの日常の行為がともなっている。民主社会の選挙は自由な意思を前提に行われる。したがって、強制、威圧などの力があってはならないことは当然である。
買い物で出会った人に、ある候補をすすめることは現在の、選挙法でも個個面接ということで合法である。
性善説に基づく選挙運動 ー 戸別訪問
わたしのいうのは個人宅などを訪問しての選挙運動を自由にするということである。
今は人の見ていない家庭に入ると金品を渡しての投票依頼をするのではないか、という性悪説で家の訪問は禁止されている。私が取材した英国では毎年5月の第一木曜日が統一地方選挙になっていた。選挙中に何の規制もなく陣営は、家庭訪問をしていた。人間が直接会って、政治を語ることは民主主義の基本である。SNSという電波を通じて意思疎通をすることに慣れている現代人は、便利さ優先で投票意思を決める傾向にある。そこから誤情報などが広がってくる。しかし自分の目、耳で情報に直接触れることで党、候補者の政策、人柄に直接、接することが出来る。自己確認が大切であることかはいうまでもない。この過程を省いて買収などの犯罪に着目して、面談しての意見交換を禁止することが時代遅れといえる。民主主義は手間のかかる政治との付き合いである。この手続きを省くとき、自分勝手な独裁者、無批判な群集が誕生する。何事も便利、スピードに慣れた現代人は、時間と手間をかけた意志決定をないがしろにする。選挙、選挙でないに関わらずたがいに訪問して政治議論を交わすことは私の年来唱えてきた政治教育の基本である。大切な民主主義の手続きと解釈すべきなのではないか。この度の総選挙のSNSの奔流、氾濫に戸惑う選挙の歯止めになるであろう。その意味で戸別訪問は人間の性善説に基づく、当面の選挙風土の改革になる。何より政治は国民を信頼するところから始まるのである。
2026年3月14日 記
