読書の冬に

―「千字文」について―

 手習いは 天地玄黄 梅の春 漱石という俳句を御存知でしょうか。明治期の作家ですから、手習いといっています。これは習字とみればよいでしょう。さて天地玄黄です。

 はじめにこの俳句を目にしたのは宮城谷昌光さんの随筆でした。天地玄黄とは「千字文」の冒頭です。四字句の韻文で一千文字が重複せずに意味を表わしている珍しいものです。作者 周興嗣は中国の南北朝時代(梁・521年)に亡くなっています。中国の児童が文字を学ぶときの初歩の教科書とされています。日本にも七世紀初めには教科書として用いられていたことが明らかです。そして夏目漱石の生きていた明治まで学校で教えられていたことでしょう。

 そして天地玄黄は次のように音読されていたと思われます。

 テンチのあめつちは、ゲンコウとくろく・きなり。その出典は『易経』で「天は玄く、地は黄なり」といっていることを引用しています。天すなわち空は黒く、土地は黄色いという意味です。このような四文字の韻文が250集まって千字となっているので千字文というのです。現在では大学生でも読み解くことが出来ない難しい手習書です。これを庶民は寺子屋などで習字の手本とし、音読していたのです。知的水準がどれほど昔の人々は高かったのか想像がつきます。

 さて千字文からわが国でしばしば四文字熟語が出てきます。拱手傍観、上意下達など数限りなく、造語もあります。

 その基は千字文からきているのではないでしょうか。意味を通じやすく簡明な表現ですから、利用していると思われます。

 とくに漢字の表意文字の利点を生かしているのです。時代が進んでいるはずの私たちの生活から見て、かつての児童が日々学んでいた千字文が教える知恵、歴史に頭のさがる思いです。なお、岩波文庫「千字文」は理解しやすく入手可能な本です。

2012年12月20日 記