2018年3月14日掲載
界の怪をなくせ!
—常識の再確認を—
相撲界の貴ノ岩への暴力、芸能界の幹部の愛人、政界の森友の資料隠し、官界の官僚自殺、教育界の校内暴力(いじめ)などなど、その狭い世界での、そこだけで通用してきた慣行。
しかし世間一般の常識からみると成り立たない仕業がこのような醜聞となります。常識の上に積み重ねられた特異な様式、仕組みであれば文化ともいえます。
しかしあえて普通でないこと、特異であることを常識に逆らうことでその世界を維持していることに違和感を持つべきです。自分の置かれている環境—世界を疑ってみることが大切です。
とくに新しくその世界に入った時の新鮮な気持ちが貴重です。私が政界に入った時の例を挙げます。
議員を「先生」と呼ぶ、議員バッチをつける、こんな仕草に疑問を持ちました。
いらぬ権力を具体的に社会に示し、自分たちの世界を他人、自分に意識させようとする仕組みと受け止めたのです。そこで「先生」という呼び方は「さん」、議員バッジは着用しない、として議員生活を送りました。議員として質問し、調査する権利が保証されているわけですから、表面に出る見せ方、見られ方は必要ないという考えです。
いま世上にある醜聞の多くはその場、その狭い社会だけに通用している、世間では通用しない狭隘な言い躱しの破綻なのです。
2018年3月12日 記