2019年5月18日掲載

手軽さと便利さの先にあるもの

—自分で出来ることは自分でやる—

 東大と日本財団が海洋に流されたプラスチックごみの共同研究に乗り出す。14日に双方が記者会見をした。財団が東大に3か年で3億5000万円余を提供するという。

 どこへ行くのにも自動販売機からペットボトルを買って出かける。こんな生活が恰好よく、現代風のように宣伝された時期があり、今や当たり前となっている。そして廃棄物を決められた場所に捨てている人もいる。守らずに路上に置き去りにする人もいる。

—個人も企業も無責任になった—

 ペットボトルを再生するために、自治体は回収日を決めていて住民もこれに協力している。だがこれに従わない住民もいる。さらに回収されたはずの廃棄物が不法に大量に山などに捨てられ発見される事件もあった。要するに始末に困って捨てるのだ。かつてマータイさんの「モッタイナイ」運動は、日本の美風を真似た。それも一過性の物。今ではもう「モッタイナイ」という日本人は稀だろう。気分で、感情で動く人種になったのだ。

—まず身近で実行—

 今回の両者の共働は遅まきながら歓迎される。海外で特に発展途上国の海浜に厖大な数のペットボトルが流れ着いた驚くべき場面を見たことがある。

 私は一本のペットボトルをその容量によって使い分けている。単なる外出時、剣道の稽古に出る時、などお茶や水を入れて持参し、持ち帰ったあと洗ってまた使う。昔の魔法瓶より風袋が軽いので便利である。

 海洋汚染は生物、人間、環境をいためる。自分の欲求だけに目をつけた現代人の私たちは、きれいごとの言辞で上辺を飾って生活している。論より証拠、自分で生活ぶりを点検して時流に流されない自分を作ることも立派な環境を守る運動になるのだ。根本的には自動販売機などを必要としない生活をすることだ。自動販売機だからプラスチック容器が必要となる。海に捨てれば海洋生物の体内を汚染する。生命取りになる。東京都の水道水は美味しくて、清潔な水であると誇れる。

 消費税の税率増を批判するとともに自分の生活態度を見直すことが大切だ。

2019年5月16日 記