2019年5月28日掲載

急き立てられる現代

—猿にも劣ることになる—

 喧騒(けんそう)という難しい語だがあえて用いる。やかましいことをいう。中身はともかく、雑音でよく聞こえない状態である。トランプ大統領の歴史を巻き戻す小児じみた言動。令和への元号騒ぎ。これほどまでに騒がしく、1つ事に集中できない時間はいままであったろうか。賑やかなのはよい。だが常識に外れた騒がしさは世の乱れである。

—余計なお節介—

 世の中を治めるやりかたに、依らしむべし、知らしむべからずという論語の教えがある。知らされない人民を統治する方がなまじ事情を知っているよりたやすい。しかし物には限度がある。これほどまでにあれこれ伝わってくるとうんざりする。情報社会という時代の流れで納得すれば簡単だ。だがそうはさせてくれない。新聞、テレビ、果てはスマートフォンなどで知りたくもない噂や醜聞が次々と押し寄せる。

—三猿の教えを考える—

 国内外の動静が気になる。それはトランプ大統領の傍若無人、安倍首相の傲慢、ロシア、英国、中国のおぼつかなさで各国の内政問題が火を吹き出すほどに不安定ということだ。逆に言うと国内問題から国民の目と耳をそらすために外交問題を取り上げているようにも見える。日光東照宮の見ざる、聞かざる、言わざるを思う。処世術としての知恵をあらわしているようだ。見ることは必要だが、聞くこと言うことは意識して抑えてみたらどうだろう。

—聞かないことの想像力、言わないことの考察力—

 あえて外界からの情報を絶ってみると動きの意味が想像できる。すぐ口に出さずに胸におさめておくとあれこれと考える時間がとれる。要するに反射で動かないことだ。自分で喧騒を避け、巻き込まれない工夫をしていないと、日光の猿に皮肉を言われることになる。

2019年5月24日 記