2020年12月7日掲載

身の回りにある献金、寄付金の行方を知ろう

 12月4日、アフガニスタンで医者の中村哲さんが殺害されて、一年になった。現地でも日本でも悲しみの集いがもたれた。中村さんのような生き方を誰もがしたら、と思うと希望が湧いてくる。自分もそう生きようと思う。中村さんを応援したNGOのペシャワール会と献金について書こう。作家の井上やすしさんの受け売りである。

 暮れになると歳末助け合い運動で町内会の回覧板がまわってきていくばくかの寄付をすることになる。なかば強制的となる町内会の回覧板が、そもそも問題なのだが今はそのことは置いておく。

 寄付をする以上、趣旨に賛同することは当然であるが、寄付金の使い道などその内容が明らかにされているかどうか、曖昧にされていないかどうか。ここを抑えておかなければ、善意を食い物にする組織の餌食になる。井上さんは10年来のペシャワールの会の会員だったそうだが、会の事務局は全員が純粋のボランティアなので人件費がゼロだということだ。従って政府からも企業からも補助金、寄付金は受けていないが、すべて個人寄付と会費で約4億7千万円の事業費が集まる。

 アメリカにはNPOの慈善団体が190万もあるそうだ。そこで寄付金集めの代行業者、ファンド・レイザーが存在し、よからぬ動きをする者もいるという。すなわち、集めたお金のほとんどを自分の懐にいれてしまうものもいるという。極端な例では、つまり6パーセントしか団体にはいかないという場合もあるという。自分で94パ—セントとってしまうわけだ。ペシャワールの会のゼロパーセントとアメリカの例にあげた94パ—セントを比較すれば、寄付、献金の純度が天と地ほど違う。このようなボランティアの中で中村さんは心置きなく奉仕活動ができたのであろう。いま私たちの身の回りに、ペシャワールの会のように純度の高い献金で組織が賄われている団体がどれほどあるだろうか。献金の上前を撥ねて給料にしているプロの、NPO、NGOがほとんどではないのか。中村哲さんの偉業を確認するとともに、もう一度慈善団体の実態を見つめ直さなければならない。

2020年12月6日 記