2023年7月24日掲載
剣道と44年の付き合い
【16】考え抜く剣道
4年前の名古屋の七段審査会場でのことである。コロナ前で二階の観覧席に入れる時である。私は一次審査の落ちた発表を確かめて戻ると、近くにいた背広姿の人に、何人かの受審者が合格の挨拶にきていた。東京で指導している仲間の審査を見に来たという。その後で、「あなたの審査を見ていた感想を申し上げさせていただいてよいか」という。お願いすると、「考えた剣道をしている」というのです。それの良し悪しは言わなかった。そう言われてみて、「考えた剣道」は七段の合格に邪魔になるとおっしゃるのか、と自問し始めた。それから4年かかったが、考える剣道を変えずに合格できた。あの時の背広姿の人は、考える剣道を合格の支障になるとは言わなかった。わたしは「考える剣道」を改めずに考える剣道に徹底してきた。その結果は、教育剣道につながった。
考える剣道から反射の剣道へ
七段合格してから初めて参加した、筑波大学の剣道講座は六月に終了した。基本技稽古法、日本剣道型が二時間半の講座中、一時間半ある。有段者であれば一通り身に付けている形である。それを毎回繰り返す。面、小手を付けての稽古が剣道と思う人は、驚くかもしれない。しかしこれが当たり前として繰り返される。ここに何年も通って、考える剣道の大切さを学んできた。しかし、先に触れた「考える剣道」の指摘を受けてから、一つだけ変えたことがある、それは稽古日誌を几帳面には付けないことにしたのである。剣道を始めてから30年以上、稽古の内容を大学ノートに書き記してきた。何十冊にもなる。感じたこと、指摘されたこと、足の送り方、見る所など、次回の稽古前に読んで参考にするためである。この神経の使い方が細かすぎて自縄自縛になっていないか、という考えになったからである。
考え抜く剣道を続けて行き着くところ、反射神経を意識するようにしたからである。瞬息の判断、行動をとるためには、考える先にあるものを感じ、信じた結果に反射行動に行きついた。それを筑波大学剣道部稽古を進めてくると同時に面を打つ、相面の稽古をするようになる。打ち間から同時に打ちに入る。正中線は体の中心の線である。こちらにも相手にもある。向かい合った二人の中心線は一本である。この線上に竹刀を置いておくことが、相手の竹刀を殺して自分が有利になった瞬間である。そこから打突に出れば成功する確率は高い。そこで相手も中心線を奪い返して自分が有利になろうとするので、竹刀がカチ、カチと鳴るわけである。
中心線の奪い合い、取り合いが生命線の取り合いであるとして、真剣に工夫する必要がある。中心線の大切さを知って攻防することで剣道が楽しくなって、新しい心境に至る。
逃げないで中心線に向かっていくこと
相面の稽古で気の備えを試すと時に注意することは、打たれるのを嫌がって、体を右に開いて逃げるような態勢になりがちになるということである。癖になって、自分から中心線を外してしまう。ここで面を割るということを考えたい。自分から逃げて躱すという事ではなく、中心線を守って、譲らずに厳として中心線上にある相手の面を、中心線上にあるこちらの竹刀で打ち切るということである。これを面を割るという。避けず逃げずに真っすぐな打ちを中心線を守って繰り出すこだわりが欲しい。面を割るということは、竹刀で面を打つのと同時にそれを貫く気の強さの表れでもある。この面を割る打ちが心に響く打ちになる。
2023年6月 記